はじめに|時を超えて光を灯す灯台

日本の海岸線には、長い間、海の安全を見守り続けてきた歴史ある灯台が数多く存在します。
その中でも、「日本で一番古い灯台ってどこなんだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?
この記事では、「日本最古の灯台」というテーマに焦点を当て、日本の灯台の歴史を紐解き、どの灯台が「一番古い」と言えるのか、そしてその称号を持つ観音埼灯台の歴史について詳しく解説していきます。
近代的な灯台が登場する前の「灯り」の話から、日本初の西洋式灯台が誕生するまでの物語を探る旅に出かけましょう。

やあ、みんな!ココロ船長だにゃ! 今回の灯台探検は、まさに歴史の航海だにゃ! 今みんなが見ている灯台の多くが、約150年前の日本で、すごいドラマを経て生まれたって知ってたかにゃ? さあ、一緒に日本の海を安全にしたヒーローたちの物語を探っていこうにゃ!
「一番古い灯台」の定義とは?


「日本最古の灯台」を探す前に、少しだけ「古い」の基準について考えてみましょう。
日本には、近代的な西洋式灯台が建てられる以前から、航海の目印となる「灯り」が存在しました。



そうだにゃ! 前回の歴史の航海でも学んだけど、江戸時代には「灯明台」とかがあったんだにゃ。 じゃあ、それも含めて一番古いってことかにゃ?
灯明台など|近代灯台以前の灯り
江戸時代などに港や岬に設置されていた「灯明台(とうみょうだい)」は、油で火を灯したり、木を燃やしたりして光を得ていました。
これらも広い意味では「灯台」の役割を果たしていましたが、光が弱く、構造も西洋式灯台とは大きく異なります。
現存するものも少なく、記録も断片的であるため、「現役で最も古い灯台」という観点からは少し異なります。
西洋式灯台|近代灯台の始まり
一般的に「最古の灯台」として語られるのは、明治時代以降に建設された、西洋の技術を用いた近代的な灯台を指すことが多いです。
これらは、強力な光源とレンズ(フレネルレンズなど)を備え、頑丈な構造を持ち、計画的に全国へ整備されていきました。
この記事では、主にこの「西洋式灯台」の中で一番古い灯台について解説していきます。



なるほどにゃ! 今回探すのは、今みんながイメージするような、ピカッと遠くまで光るカッコいい灯台の中で、一番最初に作られたパイオニアってことだにゃ! よーし、いよいよその灯台の登場だにゃ!
日本最古の西洋式灯台|「観音埼灯台」


日本の数ある灯台の中で、「日本最古の西洋式灯台」として知られているのが、神奈川県横須賀市にある「観音埼灯台(かんのんざきとうだい)」です。
この灯台こそが、日本の近代灯台史の幕開けを告げた記念すべき第一号なのです。



出たー! 日本最古の栄光は、神奈川県の観音埼灯台だったんだにゃ! どんな歴史を持っているのか、ワクワクするにゃ!
誕生の背景|開国と条約
観音埼灯台が建設されることになった直接的なきっかけは、幕末から明治にかけての日本の大きな社会変動、すなわち「開国」とそれに伴う国際条約にあります。
日米和親条約(1854年)や日米修好通商条約(1858年)などにより日本が開国すると、外国の大型船が日本の港へ頻繁に出入りするようになりました。しかし、当時の日本には夜間航行のための十分な設備がなく、安全な航路の確保が国際的な課題となります。
そこで、1866年(慶応2年)に江戸幕府が欧米4ヶ国と結んだ「改税約書(江戸条約)」において、灯台を含む航路標識の整備が正式に約束されました。
首都・東京(江戸)への玄関口である東京湾(江戸湾)の安全確保は最優先事項であり、その入り口に位置する観音埼が、記念すべき日本初の西洋式灯台の建設地に選ばれたのです。
フランス人技師による建設
観音埼灯台の建設は、江戸幕府がフランス人技師レオンス・ヴェルニーに依頼して計画が進められました。
実際の建設は、建設課長フロラン(Louis Felix Florent)が設計・監督し、日本人技術者たちと共に工事を進めました。(※名称表記は史料で揺れがあります)
「日本の灯台の父」と呼ばれるブラントンは1868年8月に来日していましたが、観音埼灯台の起工は同年11月1日であり、その設計・施工の主導はヴェルニーやフロランを中心とするフランス技術チームによって行われました。(ブラントンの来日と並行して進められていたプロジェクトです。)
日本初の点灯へ|近代日本の夜明け
建設工事が進められ、ついに歴史的な瞬間が訪れます。
明治2年1月1日(西暦1869年2月11日)、観音埼灯台は日本で初めての西洋式灯台として、その光を東京湾の入り口に灯しました。その光は、当時の最新技術であったフランス製のフレネルレンズを用いた不動白色光(点滅しない白い光)だったと言われています。
この日は、日本の海に近代的な航路標識の光が初めて灯った記念すべき日であり、日本の近代化を象徴する出来事として、後世に語り継がれています。



日本で最初の西洋式灯台は、フランスの技術で作られたんだにゃ! ブラントンさんが日本に来たのと同じくらいの時期に、もう工事は始まってたんだな~。 1869年の初点灯…想像するだけで感動だにゃ! きっと当時の人々は、その明るさにビックリしただろうにゃ!
観音埼灯台の歴史|試練と再建


日本初の栄光を担って誕生した観音埼灯台ですが、その観音埼灯台の歴史は決して平坦なものではありませんでした。
実は、度重なる地震の試練に見舞われ、倒壊と再建を繰り返してきた、不屈の歴史を持っているのです。



え、そうなにゃ? 日本最古ってことは、ずっと同じ姿で立ってるわけじゃないのかにゃ?
初代灯台の姿と損傷・取り壊し
日本初の西洋式灯台として誕生した初代・観音埼灯台は、フランス人技師フロラン(Louis Félix Florent)設計の、煉瓦造の四角形“洋館建て”で、屋上に灯塔を載せた珍しい灯台でした。
地上から灯火までの高さは約12mと伝わっています。西洋建築の粋を集めたその姿は、日本の近代化の象徴でもありました。
しかし、完成から約半世紀を経た大正11年(1922年)4月26日の地震により、煉瓦造の塔体には修復困難な大きな亀裂が入ってしまいます。これにより、初代灯台はその役目を終え、取り壊されることが決定しました。
二代目灯台の再建と関東大震災
初代灯台の取り壊し後、大正12年(1923年)3月には、初代の基礎を活用する形で二代目の灯台が急ピッチで再建されました。
再び海の安全を守る光を灯し始めた矢先、日本近代史上未曽有の大災害が発生します。再建からわずか半年も経たない同年9月1日、マグニチュード7.9と推定される関東大震災が発生。
この強烈な揺れにより、再建から間もない二代目灯台は大破・倒壊となりました(資料により表記差あり)。日本の灯台史における悲劇的な出来事でした。
三代目(現在)の灯台へ
二度にわたる地震による倒壊という試練を経て、灯台の再建は喫緊の課題でした。震災の教訓から、三代目の灯台は当時最新の建築技術であった鉄筋コンクリート造で設計されることになります。
震災の翌年から建設が進められ、1925年(大正14年)6月1日、現在の場所に白く美しい八角形の三代目・観音埼灯台が完成し、本点灯しました。
この頑丈な構造により、三代目灯台はその後も大きな損傷を受けることなく、現在に至るまで東京湾の入り口を照らし続けています。
つまり、現在私たちが目にすることができる観音埼灯台は、被災と倒壊を乗り越えて再建された、たくましい三代目の姿なのです。



そうだったんだにゃ! 地震にも負けず、何度も立ち上がってきたんだな…。 今の灯台は三代目だけど、日本で最初に光を灯した場所として、その歴史はしっかり受け継がれているんだにゃ。 品川灯台が「移築保存された中で最古」、樫野埼灯台が「現地に残る石造り最古」っていうのも、覚えておくと灯台博士に近づけるにゃ!
他にもある?「日本最古」を冠する灯台


観音埼灯台が「日本最古の西洋式灯台」として有名ですが、古い灯台という観点では、他にも「日本最古(初)」とされる特徴を持つ灯台があります。
それらは「構造(石造り、鉄造など)」や「光り方(回転式閃光など)」といった、日本の灯台技術の発展を示す重要なマイルストーンなのです。



ほうほう、一番乗りは観音埼灯台だけじゃないってことかにゃ? いろんな分野での「日本初」があるんだにゃ!
現存最古(移築保存)|旧品川燈台(1870年)
「じゃあ、現存する一番古い洋式灯台は?」と聞かれると、それは愛知県犬山市にある博物館明治村の「旧品川燈台」(1870年建造)になります。
観音埼灯台(初代・二代目)などが関東大震災で失われたため、移築保存されているこの灯台が「現存最古」として公式に案内されています。
石造り最古&回転式最古|樫野埼灯台(1870年)
和歌山県にある「樫野埼灯台」は、1870年点灯で、日本最古の石造灯台です。
さらに、それまでの不動光(光りっぱなし)ではなく、光が回って点滅する日本初の「回転式閃光灯台」でもありました。
鉄造(鋳鉄製)最古|伊王島灯台(1871年)
長崎県にある「伊王島灯台」は、1871年に点灯した日本初の鋳鉄製(鉄造)灯台です。
鉄で造られた灯台としては、これが日本で最も古いものになります。
現存するレンガ造最古|菅島灯台(1873年)
三重県にある「菅島灯台」は、1873年に点灯した現存する日本最古のレンガ造灯台です。
(※ちなみに、現役のレンガ造り灯台として「日本一高い」のは、青森県の尻屋埼灯台です)



石造り最古、鉄造最古、回転式最古…いろんな「一番古い」があるんだにゃ! それぞれに歴史とドラマがあるんだろうな~。全部探検してみたくなったにゃ! でも、やっぱり「西洋式灯台」として一番最初に光を灯した観音埼灯台は、特別な存在だにゃ!
まとめ:観音埼灯台から始まった光の歴史


今回は、「灯台 最古」というテーマで、日本最古の西洋式灯台である観音埼灯台の歴史を中心に解説しました。
- 一般的に「日本最古 灯台」として語られるのは、明治時代以降に建てられた西洋式灯台を指すことが多い。
- 日本最古の西洋式灯台は、神奈川県横須賀市にある「観音埼灯台」で、1869年にフランス人技師の指導のもと建設・点灯された(起工は1868年)。
- 観音埼灯台は地震や関東大震災で倒壊し、現在の灯台は三代目(1925年完成)である。
- 「現存する最古の洋式灯台(移築保存)」は、博物館明治村にある「品川灯台」(1870年建造)。
- その他、「石造最古(樫野埼)」、「鉄造最古(伊王島)」、「現存レンガ造最古(菅島)」など、特徴別の「最古」もある。
観音埼灯台の点灯から始まった日本の近代灯台の歴史は、ブラントンをはじめとする多くの人々の努力によって全国へと広がり、今日の海の安全を支えています。
古い灯台を訪れる際には、その歴史に思いを馳せながら、その姿や光を眺めてみてはいかがでしょうか。



日本の灯台の歴史は、観音埼灯台から始まったんだにゃ! 地震にも負けず、三代目として今も東京湾を見守ってるなんて、本当に頼もしいにゃ。 この記事を読んで、観音埼灯台に行ってみたくなった人もいるんじゃないかにゃ? 灯台巡りは、歴史を知るともっともっと面白くなるにゃ! 次の航海もお楽しみに!











